2001.11.29(斬鉄剣関係)

今回の「斬鉄剣」論争についてG(サイトトップにリンクを外してくださいとあったので、当サイトのリンク基準に基づき、直リンクは外しました。お手数ですが他のサイトからリンクしてください)が撤退されたため、書くのをやめようと思いました。

でも、「斬鉄剣」に対する非難を多く見るため、当初から参加していた人間として、意見を書きたいと思います。

 

まず、はじめに今回の論争の流れについて。

元々は私を始めとする数サイトがGの掲示板や自分のサイトでテキストサイトについての語っていたものです。結果として「斬鉄剣」を始めとする多くの方々の興味を引きました。私個人としては「斬鉄剣」もまた参加された一サイトという見方をしています。有名サイトを同列にするのは失礼というご意見もあるかもしれません。でも、「斬鉄剣」のナミさんはサイトの規模には関係ないというご意見を書かれているのでご了承いただけると思います。

 

ちなみに当サイトはカウンター・アクセス解析を一切使っておりません。ただ、アクセス数にこだわらないというのは見てもらえなくても自分が楽しければいいという意味ではありません。「書いたものを多くの方々に見ていただく」方法はサイトのアクセスアップだけではないということです。

 

 様々な批判がありますが、大きく分けて二つにまとめられると思います。

 

1.             大手サイトによる潰しである。

 

大手サイトは支持者が多い。リンクを行えば支持者の批判が集まり、数の勝利につながる。というところでしょうか。実際に多くの非難が集まり、サイトの更新中断となりました。

 

 でも、大手だから有利なのでしょうか? 大手=支持者が多いというわけではありません。嫌いな方々もまたサイトにアクセスして、アクセスを増やしています。現にアンチの方々が多いからこそ今回の論争が起きたのではないでしょうか。

 

 こういう状況でリンクをしたらアンチの方々もまたこのサイトをみるということです。そして、その内容について批判メールを送ることでしょう。「斬鉄剣」もまた多くの賛否両論のメール・迷惑メールが送られていると思います。週末のみ更新ということで現時点ではその状況について語られていませんが。

 

大手・有名だからといって何の権限があるわけでもありません。できることは表現することのみです。非難や不都合な発言について削除できるわけでもありません。

むしろ大手・有名サイトが反撃するのはみっともない。いじめである。という風潮がある分、かえって不利だと思います。

 

 そういう状況で支持を集めたのですから、大手・有名だからではなく書いたことが支持されたとみていいのではないでしょうか。

 

私としては大手による叩きという非難を浴びるのを承知の上で、不当な非難に立ち向かう姿を見せていただいたことに感動しています。不当な非難=意見によって人間そのものを非難することです。

罵詈雑言を浴びせる人間を相手にするのはみっともないという意見があります。確かに相手にすることで余計にストレスが溜まるかもしれません。

ただ、何をやっても自分に振りかからないとなると、残念ながら自制心が弱くなってしまう方々がいらっしゃいます。たとえ不当なものだとわかっていてもそういう方々の言動で不愉快な気持ちになるのは確かです。繊細な方々は深く傷つきます。心が強いと言われる方々もそれが重なれば大きなストレスになるはずです。

我慢するのではなく、変える勇気をもっていただきたいと思います。自分だけで戦う必要はありません。助けを求める勇気をもってください。個人・団体・公的機関など多くの相談窓口があります。

自己防衛リンク

 

 

2.             書いたことについてのご意見はメールでとあるのに掲示板・サイト等に書くのはどうか

 

ご本人が不特定多数の見られる場所で表現しているのに、他人が表現する場所を制限する権利はないと思います。

 

もちろん掲示板についてはご本人が提供している場です。ただ、目的外の書き込みについては削除権があります。削除せずに反論していたということで書き込みを了解したとみなされるのではないでしょうか。

 

 

 ここで掲示板等、他人が表現する場を提供する管理人について、私の考えを書かせていただきます。

 

管理人としては表現する人間よりも遥かに「冷静で公正明大な判断能力」が要求されると思います。もちろん場を提供する人間として自由にルールをつくることができるし、そのルールを守らない人間の利用を認めない権利があります。

 ただ、その権限を乱用すると多くの非難を浴びることになります。

 

 あまりにひどい内容については削除せざるを得ません。「管理人の権限で削除させていただきました。利用権を剥奪しました。その内容については公開できません」 ここまでは利用者の不快を広げないために妥当だと思います。ただ、内容を公開することなく、処分を受けた人間を不当であったと批判するのはいかがなものかと思います。

 状況を知らない人間には「あの人が悪い」という印象だけが残ります。もう一方の当事者が便乗して「悪いと書かれた人間」を攻撃する結果を招く恐れがあります。

 

ただ、削除権をあまりに行使しすぎると自分に不都合な内容を削除しているという非難を浴びる恐れがあります。自分と違う意見であるという時点で多少の差こそあれ不快になるものだと思います。(はっきり言って私は心が狭い人間です) 特に真っ向から否定するような書き方をされたらなおさらのことでしょう。

でも、こういう書き込みも対応次第では、多くの方に自分を受け入れてもらうきっかけになります。冷静で穏やかな対応ができれば好印象が与えられます。支持者=書いている内容の全面支持ではないのです。

 

 また、管理人としての意見と思われる可能性がある状況で表現するときは管理人であるのと同様の公正明大さが求められると思います。管理人には表現する自由がないのかと思われるかもしれません。私は管理人としてはそうだと思います。

 自由が欲しかったらその権限を利用することなく、一個人として表現していただきたいと思います。

 

 だから、表現者であるテキストサイトオーナーが、掲示板の管理人を兼ねるということは非常に難しいことだと思います。表現者としては人の心を揺さぶることが目標になります。一方、管理人は人々の心を静める役割が要求されることが多いです。

 私が掲示板を設置しないのは管理をする能力がないと思うからです。管理するというのはそれだけ難しいことなのです。

 

こういうことを書くと利用したくない人間は利用しなければいいというご意見をいただきます。確かにその通りです。私も利用するのをやめたところが多くあります。ただ、利用者として言わせていただくと、そういうところはよほどの利用するメリットがない限りは利用者が少なくなると思います。

 

 

人と人との交流に伴うトラブルにおいて、どちらかが一方的に悪いということはめったにありません。どちらにもそれなりに非があることが多いです。

もちろん罪は罪として償わなくてはいけません。でも、過ちを犯した人間なら何をしてもいいのでしょうか。ただ、非難するだけというのでは弱いものイジメと同じです。

 

非難するだけでなく、一緒にどうすればいいのかを考える機会にすることはできないでしょうか。

こういう風に書くと奇麗事だと思われるかもしれません。でも、実際に私は多くの方々に助けられ、支えられて、現在もネットの旅を続けています。

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13.テキストサイトの旅 15.フォントいじりにチャレンジ

 

11月21日 面白いサイトG発見

11月23日 わかりやすい文章だから受ける

11月25日 どういう反応を返すかは自由

11月27日 Gが更新停止(泣)

11月29日 でも、大手だから有利なのでしょうか?

12月1日 アンチの説得力を増すには

12月2日 訪問ありがとう

12月7日 斬鉄剣擁護説サイト発見 

12月8日 私の文章はわかりずらいのか