前略訪問者様2008.2月〜10月

2008.10.2

ジオシティーは何か月更新しないと消えてしまうのでしょうか。ほかのスペースに移るのもありかな、ブログのほうが楽だなと思います。でも、大量のファイルを移すのが大変なので、とりあえず更新して保守につとめます。古い文章ばかりですが、たまたまでくわした方にとっては初めてみる文章で、こういう時代もあったと参考になるかもしれませんし。

 

相変わらず眠ってばかりの生活をしています。一生懸命激務に励んでいる方々、ごめんなさい。でも、将来に不安を感じています。

本を読んでいたら、ジュニアノベルの新人賞の応募がありました。かつて小説を書いていた人間としては(あ〜、今は無職だし、応募しても問題ないよなぁ)と思います。でも、手持ちの小説は10数年前に書いたものばかりなので、いろいろ書きなおさなければいけません。ストーリーを根底から崩されるほどの技術の進歩に呆然としたりします。プロとして書き続けられるのかと考えるとフリーターになったほうがまだ生活に困らなそうなんですけどね。コンスタントに作品を出していて、順調に活躍している小説家はブログをみたら、円形脱毛症になったり、点滴を打ったりしています。ハードな世界です。

 

 母がせっかくたくさんの時間があるのだから資格の勉強でもしたらと言います。資格の勉強ができる状態なら就職活動したいのですが。就職に役立つくらいの資格を取る勉強はハードなのです。学生時代に法律資格の入門編と言われる行政書士を取ったのですが、これだけで独立して仕事をしている方はほとんどいません。

 とりあえず無料で学べるインターネット上の講座を見ています。マネックス証券の中にあるマネックスユニバーシティというコーナーにある講座を読みました。初心者講座は無料なのですが、次は有料みたいです。講座内容をみると投資で食べていくくらいの意気込みの方が受講しそうな内容です。

 投資は「思いっきり損をして結婚資金がないから結婚できない」という言い訳になっているのでこれで食べていけると思いません。

 

2008.7.19

 そんなに優遇されているのかと同病仲間から殺伐としたコメント出まくりの休職期間でも回復しませんでした。

将来のために自主退職という形で退職して、1か月以上たちました。ハードに働いている方々に申し訳ないくらいに休んでいるのですが、未だに低空飛行で生きています。うつ病の講習会に通ったりと理解しようとしてくれる母からも何気なくプレッシャーを感じます。

つい「いつ治るかわからいんだし、安楽死させてくれないかなぁ」とぼやいて母を嘆かせています。親不孝だからやめたいのですが。母は自殺衝動からくる発言には慣れたとは言うのですが。

 

今日は通院日で繁華街のほうへ行きました。ものすごく久しぶりに大きい図書館に行きました。本をたくさん借りてきました。

本を読まなくなっていたのですが、最近家にある本を読み返したりしています。手元にあれば本が読めるようです。

インターネットをしていると様々な文章が読めます。でも、紙の本もまたいいですね。面白い本に出会えたらですが。

 

今回はすべて酒井順子の本。元々、有名ですが、「負け犬の遠吠え」が大ヒットして女性のエッセイを読まない方々にも有名になった方です。

悪口大好きと自称するだけあり、時々自分に当てはまることで凹んだりします。「負け犬の遠吠え」を読んだ時はそうでもなかったんですが。

売れっ子の物書きは様々な反響があるようです。「負け犬」も言葉だけが広まって、本を全然読んでいないだろう使い方をされていましたし。せめてプロの物書きはこのネタで何か書くなら「30代・未婚・子なし」という条件くらいは抑えてほしいのですが。

読んでいると私は友だちとのやり取りをほとんどしたことがないんだなぁとしみじみします。受験戦争という言葉でごまかして。

就職してからのゴタゴタ、ネットでの交流のゴタゴタも経験不足というところだったのでしょう。

うつ病治療中で制約があるのですが、少しつづ対人スキルを磨いていきたいと思います。

 

2008.3.18

 落ち込んだり、元気になったりが続いていました。

 「何だか生きていることが疲れている」とお医者さんに話したら「とりあえずこれだけは飲んでください」と新しい薬を出されました。

 その薬を飲むようになってからよく眠れるようになりました。夢も見ずにまるで毎日が生まれ変わったように。

 

 いいこと、いやなことが次々と起こります。

細木数子先生の占いによると私は水星人の雲合星人だそうです。いいことと悪いことが交互に表れるので、自分では望まなくても波乱万丈な人生を送ってしまうようです。

基本的に「占いは話のネタ」と思っていました。でも、最近は占いの結果がとても気になります。生年月日・血液型などを組み合わせた精度が高い占いが多く増えたからでしょうか。

占いの結果をメルマガで取っていました。でも、気になりすぎるのでやめることにしました。

運命には抗えないのかなと思いつつ、それならば自分の思ったとおりに生きようと思う今日この頃です。

 

2008.2.11

 本気でご無沙汰しているはるです。

 うつ病と診断されましたが、総合失調症の症状のほうが当てはまるような気がしてならない今日この頃です。電波系、お花畑と言われ続けただけのことはあります。

 

 散々、ヒントをもらいながらも気づかなかった協調性がまったくない専門バカの大ボケ集団。それが私の家族です。その中でも一番バカだったのは私です。

 

 これだけたくさんヒントを出しているのに何故、気づかない。被害がどんどん広がるからいい加減にしてくれという方向で暴走し続けました。死んだ人間を全員生き返らせろというレベルかよというレベルで暴走し続けました。

 

 でも、辛い思いをしたらとりあえず逃げようと思います。引きこもる方向にいけば問題なかったのです。引きこもったのですが、そのときにはインターネットがありました。

「物語でも読み聞かせれば問題ないのではないの?」と気づいて電波を流した方は最強レベルの天才です。でも、問題点があって、何番目かに届いたのが私が書いたものと同じ登場人物が全員同じで、地球が全滅した挙げ句に遠い宇宙にある古いコンピューターの中で一人で勝手に敵を思い出して闘っているものだったんです。

主人公が就職活動期でなく、終わってからやろうと思っていたのに諦めがつかずについつい書いてしまって話の主人公ではなくヒーローのほう。小学生のときに一番初めに考えたオリジナルストーリー。とりあえず流行っているものを全部放り込んでおけばどこかに当選するかもしれないとむちゃくちゃに書いたら、そもそも主人公が全然違うのではないかという大失敗作。

いろいろ削ったけれどいい加減に就職活動しないとまずいと諦め、とりあえず有名な賞に出して落選したら退職金で自費出版してお土産つきで配ってやると開き直って、投稿したものです。あらすじ付きなのでこいつ、ジュニア小説と勘違いして間違って投稿したんじゃないの。でも、ジュニア小説としては社会的に問題ありすぎ。

就職してからはずっとびくびくしていて、心療内科に通っているからこれをばらした人間は殺しても刑法39条で通りそうだよねと開き直りだしたものです。その後、物語はどんどん改良されていきました。あ、それ、私の失敗作を付け加えたな。あ、それ、就職後、比較的、精神的に余裕が書いていたけれど自宅に置いておけば問題ないよねと思っていたんだけど。

物語は何だか宇宙レベルの会議になっていきました。登場人物に私の書いた人物を登場させなければそのまま眠り続けるのに。私が好きだったものを次々につぎ足すのは続けるのはやめてほしいな。とりあえず主人公の名前を変えろ。下手に改良しないでそのまま放置しておけば問題がないのに。タイムパトロールを出動させて、歴史を書き換えるのをやめさせるレベルまで見せるのはよくないと思うんだけれど。散々、バカにされていい加減に切れて、「発明者だけに与えられた特権」と言う説明をやめた作品の内容なんだけれど。

 

人の心をどこまでも説明し続けるのはいい加減にしろ。最初に「サトラレ」だと気づいてしまってひたすら我慢し続けて、自殺したかどうかは不明ということにしておいたサトラレ対策委員会委員長が死んだその女性を生き返らせて「お前はサトラレだけ死んでいけない。何度死んでも生き返らせてやる」というレベルの嫌がらせだ。

 

 とぶち切れまして、思いっきり暴走しまくりました。絶対に空気なんか読んでやらない。空気がない世界にいるらしいから問題ないじゃん。空気ができた? はっ、そんなもん、信じません。時代が変わった? 当然、全員まきこんで苦しめてやる。恨んだことがない人間。そんなものいるわけがないじゃない。会話をやり取りしたことがある人間なら一度や二度は誰だって衝突します。

会話をしたことがない人間を出しました。

 幸せな気持ちになりました。久しぶりに外に出て遊びました。でも、家族のせいでぶち壊し。また、嫌な事を思い出しちゃいました。本気でおとなしくさせる気なら家族なんか復元させないでください。家族はみんな、仲良しで喧嘩をしたことがない? 友だちは仲良しで喧嘩をしたことがない? それ、本気で言っていますか?

 母親の胎内に戻してみやがれ。

精子が闘っています。実はみんなが協力しています。ああ、そうですか。羨ましいですね。当然、妬みますよね。

 

 という状態になりました。その結果、やり取りした中で一度も恨んだことがない方々に気づきました。マネックス証券とso-netでした。先に選んだのはずっと心を支え続けてくれて一回しか怒りを感じたことがない方でした。でも、2回、声をかけたときに無視されました。電波妨害で届かなかったのかなと思いました。でも、それを公開する気にはなれませんでした。もう疲れきっていたからです。

 更新を見続けていて、思ってしまいました。この方は気づいていて裏切ったんだと。当然ですよね。私、最強レベルの嫌がらせをしていましたから。多分、それで恨んでいるんだろうなと。

ええ。私、最悪な人間です。その方と仲がいい振りをしていたの大嘘だと当然、気づいていますよね。自分が惚れている女性のために散々、ひどい目に遭って憎んでいるのを知っていながらその方に2回も連絡させた男性ですよ。私の置かれている状況を知った上でこちらに何の責任もないのに罵詈雑言を吐いた大野郎と彼らには事情があるから何とか協力してくれないかなんて言った大馬鹿野郎です。

冗談はいい加減にしてほしいですよね。職業を秘密にしようとしているのにいきなりばらそうとした男性です。何とかとめましたが、いきなり身分証明書をみせびらかしました。お互い、えんえん絡まれるを適当に流してやり過ごすのに慣れきっているのは当然、知っています。私たち、何だかんだい言いつつ、お互いに妬みあっていますよね。

ええ。当然ですとも。商売人同士ですから。

随分、嘗められたものですね。私たちは毎日、小銭を数えながら飢え死にしないようにするのがというレベルから少しずつ蓄えを増やしてきた一族ですよ。

 

 私の母方の実家は商売人でした。

大企業や政治家や有名人の一家の確執が次々と明らかになっていますが、それは規模が違っても同じことです。別の商売に鞍替えして逃げ切ったところ、商売を守り抜くために闘い抜いてボロボロになったところ。様々なところがありますが、生き残っている方々で商売人としての習性と知識があるのは創業者とその創業者の近くで一番長く過ごした人間です。

私の母は裕福な方と結婚した祖母の姉の家に養女に出されました。子どものいなかった養母は母を猫かわいがりし、たくさんの猫に囲まれて過ごしたと聞きました。

そのレベルでもわかる質問です。

 

今でもうちの親戚一同は全員親戚の中で生きのびるために誰を選ぶか全員違うそうです。うちの家族も全員ばらばらでした。私は大学1年のとき以来、一切姿を見せなかった私が子どものころに私の親がついた嘘をずっと信じていたことに気づいてずっと嘘をつき続けてくれている叔父を選びます。

本家の葬式のときに死んだ自分の兄を罵倒して、荒れまくり、その後の集まりでビールを浴びるほど飲みまくり、甥や姪やその配偶者のところに行き、ガンガン話しまくったと聞いています。全員、ドン引きしたと聞きました。

私が最後に会ったのは祖母の納骨式のときでした。ガンの手術をして、薬を飲んで大好きだったビールを一切飲みませんでした。

昔から何故か私は叔父の配偶者が大嫌いでした。借金地獄に追われて一家心中のニュースを見ながら、両親がいざとなったら一家心中するそれとも子どもがいない叔父夫婦のところに行かせるかと行ったとき「あなたら勝手に死にな。私は孤児院に行くから」と大声で叫んだそうです。言われて思い出しました。成長するにつれていろいろ後悔しました。大きくなってから知識が身につきました。でも、これは今でも同じ選択をします。当時の私ならそのほうが生きのびられる可能性が高いです。

変態にひどい目にあったらどうする? はっ、そんなもの同居している実の親兄弟だって信じませんけれど。兄は妹をゴキブリ呼ばわりして散々いじめて、機械や動物にはまりまくるようになりました。妹の私は「絶対に結婚しません」と言い続けるようになりました。大学に入ってから一時期だけ変わりました。でも、「絶対に結婚しません。一人で食べていきます」と言うようになりました。

当時、就職活動を一切していないのにいきなりNTTに就職された高山さんだったら当然、この意味がわかりますね。その消息はわかりません。でも、意味はわかってくれると思います。

 

 私学とはいえ日本では名前を聞いたあるレベルの大学の中で多摩地区の意味を理解して、交通が不便になり、不利になるかもしれないとわかっていながら本拠地を多摩地区に構えた大学を嘗めないで欲しいですよね。

 ええ。先輩方の祈りは通じました。各界にそれなりの地位を持つ方々が多く在籍しました。日本のインターネット利用者の中で一番有名な方を挙げましょう。2ちゃんねるの西村博之氏です。

 インタートネット業界で日本の中で、最年少で有名になった方だと思います。インターネットを全然知らずに生きてきて、インターネットをはじめてからいろいろな話を聞きました。恨んでいる方も多いと思います。でも、これだけはやっぱり譲れません。私も散々、恨み言を言いました。でも、やっぱり心の自由を守るために最善の選択をしてくれている西村博之氏は私たち中央大学出身者が例え散々裏切れていたとしても敬うべき方だと思うんです。中央大学の誇りは心の自由ですから。

 ええ。それだけで何とか希望は持てます。今はまったくご飯が食べられない状態です。薬を飲んで眠ります。いつ起き上がれるかわかりません。でも、これだけはどうしても伝えたかったんです。

 これを読んでくださった方々、次にもし起き上がれることができたらどこでも構わないので「2ちゃんねる」という文字をみつけて、少しでも動かせる部分がとりあえず動かしてください。どんな表現方法でも構いません。

 

私は薬を飲みこともできず水も飲むこともできず、長い夢を見続けた後に大騒ぎしました。トイレに入って水を飲もうとして、うっかり鍵をかけてしまい、出られなくなりました。

物心ついてから最強レベルのトラウマです。ドアをあけていないと不安でドアを開けっ放しでした。これのおかげで怒られ、散々バカにされました。克服してからは何故、鍵を空けまくるんだと怒りました。部屋の中を散々荒らされて、鍵をつけようとするたびに邪魔をされつづけました。いろいろ言われましたが、仕方がないですよね。

私の家族、ごめんなさい。どこの部屋にもたくさん鍵をかけまくってください。どこの部屋も鍵をかけてくださって構いません。生きのびていたら、できる限りの方法で動き続けます。

ねずみとゴキブリの最終決戦。私はねずみ年生まれで、就職してジャンガリアンハムスターに一目惚れしたと言い続けた人間ですから。ジャンガリアンハムスターに似たものを見るととりあえず反応してしまいます。それはそうですよね。私たち、仲間ですから。

おやすみなさい。

 

名前が通った大学卒業生が入るのは就職する就職するのは稀。大学卒業生というだけで散々嫌がらせをされて、さらに出世するのは無理という職種につきました。就職して研修後に職場についたときに用務員の女性から「すぐに転職しろ」と言われ、3年目の先輩に「残っている同期は半分。私は結婚退職するけど」と言われました。

 その中で私たち、同期はかなり長く生き残りました。

 コネなしで出世コースを断たれた中、就職4年目で陰の支部長と呼ばれている方に認められ、各部署の実質的権力者たちが頭を下げてくるレベルまでのし上がりました。

 

私は就職2年目に荒れきって反抗しまくり手をつけられない状態になっていた私を見捨てずにこの状態だったら勤め続けたいというレベルに改革し、陰の庶務権力者と呼ばれた女性を尊敬していますけれど。念願の福利厚生畑の部署についた一年目に自分の分野しか勉強していなくて困ったときに助けてくれたのはその方ですから。

陰の支部長が定年退職を迎えるときにこれで私がここの主と言いました。それは私のほうが1年早くその職場についたからで、軽い冗談です。実際には支部職員の中で凄まじい人望を持っているのはその方です。

その方と一緒に仕事をした方々やその評判を聞いたことがある方々は「あなたがこちらにいらしてくださったんですか」、「あなたがあの…」と最敬礼しそうになるレベルです。

「あの方がいる部署ならなら当然、協力するに決まっているよな。邪魔する奴なんか当然、叩き潰してやる。あの方が育てた部下だったら失敗してもこっちでフォローしておくさ。文句を言い続ける奴は殴って気絶させる。

私が担当した仕事の本部部署でもあの方がいる部署での電話してくるならあの方がフォローしきれなかったんだろう。こちらでフォローしておく」

 

 役職一切なしでもこれで楽勝。少なくともその女性が定年退職するまでどこででも生きていけると思ったらとんでもない部署に配置されてしまいました。「福利厚生畑のベテラン」として。

 同期に「あなただったの?」と驚かれました。

就職半年目の研修時に逆切れしまくり。同期の中でこいつが一番にやめると言われていました。KJ方(会議をして結論を出す訓練)で「このテーマだったら会議したことにして発表できるレベルのものをつくれるけれどどうする?」と言い出し、自己犠牲精神が高いと勘違いされた人間です。実は話し合うのが面倒だったからなんですけれど。

 ゼミで討論をしたことがある方々ならわかるのではないかと思います。みんなで意見を出し合うのは時間がかかります。ゼミ長をなさった方々は「お前はどこに行っても絶対に成功する」と褒め称えられました。

 

大学卒業後、大学関係の会費を全然収めないし、ゼミの維持費も全然払わないし、電話しても逆切れしてくる状態で、メールアドレスも書いてくれと言われても拒絶した人間によくここまで会報を送り続けてくれたと感謝しています。

ぶっちゃけ全世界の政財界にケンカを売っているような人間です。最後に送られてきた資料は教授の退職時のものでした。教授の凄まじい闘いっぷりに感銘を受けました。

 

大学受験のときにセンター試験を受けるつもりだったので模試を受けたときに2次試験で一ツ橋大学の名前を書いてBの結果が出ました。この模試は批判を受けないように辛めの評価をつけるとのことです。高校の担任からは「推薦を目指さず、試験を受けなさい」と言われました。後で聞いた話によると母に「早稲田か慶應かそれが嫌なら青山学院を受けるように説得してください」と言われたそうです。

あとで文集を読んで知ったのですが、その学校は時代に合わせた良妻賢母を目指しつづける学校でした。当時は進学校に転換するかどうかの混乱の時期。その後、進学校と本来のお嬢さま学校に分かれたそうです。

進学校は当時の担任の先生が校長をなさっています。新聞で元内閣の方を呼んで講演会をしたという記事を読みました。いろいろご活躍のようですが、無理をせず長生きしてください。

 

実は私の住んでいるところでは多摩地区にある学校のほうが格上と信じています。高校のときに役所の交換留学の申し込みをしたのですが、落ちました。当然、多摩地区の高校に進学しなかった時点で選考対象外。どこのマヌケだ。ああ、あの地主さんのところか。仕方ない。許しておくかというレベルです。

ちなみに同じ地主さんのところに育った方が交換留学に選ばれて、浪人して私の出身大学に通い、役所の試験に落ちました。何かの偶然か、私が大嫌いないとこと結婚した方と同じ苗字です。

小松。親に散々お金をかけさせておいた挙げ句に地主さんのコネすら効かないレベルなんて信じられません。生きていたら即座に親の家に飛び込んで焼けた鉄板の上で10秒以上頭を下げ続けるレベルの誠意を込めて償いをし続けて欲しいと思います。ちなみにお人よしの方々の善意につけ込むのは禁止です。

 

配偶者がいたら配偶者の親も当然、見捨ててください。私のいとこたち全員が親に散財させて、いろいろ苦労をかけたのと同じですから。バカな子どもたちを持ったお陰で凄まじい争いになりました。

休職時にいた職場でとことん財産争いをすると宣言した頃には知っていたのですけれどね。人間はいつどうなるかわからないのでもらえるものはもらっておけということを。

実は就職3年目に上司や先輩に言われて、知ったのですが。中学の時に通っていた塾の先生(英語担当)の雑談で法律にはまり、判例付き六法を買って読みました。判例は読めたのですが、法律のほうは読みづらかったです。高校生だから無理なのかなと思ったのですが、高校のときの通学路にあった本屋でわかりやすい法律というようなタイトルの本を読みながら、法律を読みました。(赤かぶ検事シリーズで有名らしいです。当時は小説のほうを知りませんでした)

 さらに行政書士資格を取り、社会保険労務士の勉強を勉強したのに恥ずかしい話です。

 

ずっと尊敬する相手にたいして譲るなんてことは礼儀に反すると信じていました。格上の人間以外がお祝いをしていいのは自分にお祝いごとがあるときだけだと思って育ちました。家族内だけの特別ルールとして世間のお祝いごとをしてもいい。でも、本家に行った時は絶対にやるなと言われていました。

就職したときに「誕生日やボーナスが出たときにご馳走したり、プレゼントをあげるのはおかしい」と言われたときに不思議に思いました。格下の人間がしてしてはいけないことが許されるのがプレゼントだと思っていたからです。その部所の先輩に「ずっともらい続けるだけでお返しをしないのはどういうこと」と言われたときに「先輩にものをあげるのは失礼ではないんですか」と言い、奢りの話が出たとき「本当は仕事以外のときに上下関係を持ち込まれるのにとても腹が立っているのですが、しょうがないと思って我慢しています」と言い切りました。

 

庶務にいたころに当時の副支部長といきなり激しい口論をして、周囲を大慌てさせました。実は1年目にも前支部長と口論したのですが、人数が少なかったので気づいた方が少なかったようです。その副支部長は評判がいいと聞き、疑問に思っていました。

当時の副支部長の秘書が「散々、飲んでおいて、割り勘ってどういうことだ」と言った時に公私を使い分けるから評価が高いのかと思いました。お土産のお菓子などを受け取らないのは格下の人間の差し入れなんか受け取らないという意思表示だと勘違いし続け、尊敬する先輩のほうが格上だと信じていたのでその差し入れを受け入れるのは当然だと思いました。

健康診断の担当をしていて、副支部長が糖尿病と知っていたのに恥ずかしい限りです。

 

でも、格下の人間は格上の人間に言われたら不本意でも受け取るのが礼儀だと思っていました。叔父(祖父の先妻の息子)の家でお年玉を出されたとき、本家の特権を無視しているのかと思い、「受け取れません」と言い、母に「受け取りなさい」と言われて、受け取りました。その後も母が言うのだから仕方がないと思っていました。

 

 ちなみにわかりやすい法律の本のその近くにあったので多分、面白いのだろうと落合信彦の本を読んで多分、面白いのだろうと買って大ハマリ。(最近、気づいたのですが、先生の書いた小説は男性版の水戸黄門。少女向け小説家の水戸黄門を目指したときに気づけばよかったんです。その後も散々、ヒントがあったのに全然、気づきませんでした。ちなみに一時期、森村こうじの小説にはまったのですが、きっかけは「悪魔飽食」シリーズが面白かったからです)

大学に入ってからは少女向け小説家を目指し、少女向け小説界の水戸黄門を目指し、いろいろな資料を読み続けて腕を磨きました。藤本ひとみの集英社コバルト文庫の大ヒットシリーズ(主人公がハンサムで金持ちかエリートにどこまでも惚れる逆ハーレムストーリー)を何度も本を閉じながら根性で読みきりました。面白がってチャレンジした男性は返しにしたときに憔悴しきった様子で「二度と読みたくない。ほかの本を開くことすら不安になった」と言っていました。

私は「とりあえずヒーローをハンサムで金持ちかエリートにしておいて、ヒロインを好きになればいい」とうことを学び、登場人物をどれだけ美貌かを表現するところだけを何度も読み返していました。

藤本ひとみのラブストーリーはレベルが高すぎると思い、ほかの作家の本・文章表現の本を読み漁りました。男性向けポルノ小説にも手を出しました。ストーリーや設定は何とかできると思い、濡れ場の部分だけ集めた雑誌の特集ページを読み始めました。

エッセイを書いたときにエッセイ向きだ、エッセイジャンルならプロでやっていけると言われました。でも、「少女向け小説の水戸黄門」にどこまでもこだわりつづけて、諦めて就職することにしました。

ラブロマンス映画はどれかという話になったときに「ターミネーター」と言って、将来の英雄を産む女性を守りに未来からきた男性とのその女性のラブロマンスと言った時点でラブロマンス方向の適性がまったくないことに気づくべきだと思いました。

 

高校の時の卒業文集に生まれ変わったらという質問があり、「金持ちの猫になって寝て暮らす」と書きました。いろいろ言われましたが、全然気づきませんでした。吉田秋生「BANANA FISH」を読んで、ペットにはそういう意味もあるのかと知りました。

お金持ちならたくさん猫を飼えるから、猫すべてを集めて眠っている猫をイチイチ起こしまくらないだろうと思いました。仕事が忙しいから遊べる時間は限られているだろうし、一匹ずつ起こしている間にほかの猫が眠りだしてきりがないので、とりあえず起きている猫たちと遊んでいたほうが効率的ですし。ちなみに同じクラスに「金持ちの飼い猫」と書いた方がもう一人います。その方はお金持ちのお嬢さまなので恐らく同じ発想ではないかと思います。

 

大学・短大付属高校に入ったのですが、希望学科はシャレにならない高いレベルだとわかり、さらに金銭感覚がまったく違うお嬢さまたちの世界で生きていくのは無理だと思いました。当時は中途半端なお嬢さま学校と言われていましたが、それでも金銭感覚は2ケタほど狂っています。企業経営者や有名企業の重役クラス。有名なところではビックカメラのお嬢さまが先輩にいらっしゃったと聞きました。

 

ほかの大学に行くことを決め、また受験勉強の世界へ。

 

小学校の頃から散々ないじめに遭い、とにかく逃げる選択肢を増やそうと勉強しまくりました。中学時代は偏差値、学内5番以内。全員72(当時の最高値)が基本でうっかりミスが多かったので点数差まで負けたというレベル。内申書だけで進学校の特使入学を取るレベルまで勉強しました。中学の先生のリーダーに「お前が受けると1人落ちるから、行く気がないなら受けるな」と母を通して言われて、公立高校は受けませんでした。

進学塾の先生たちに「君がどうしてもその学部に行きたい気持ちはわかった。希望校には確実に受かるから、慶應女子か青山学院か中大付属学杉並を受けてくれ」、「何故、公立高校を受けないんだ」と思いっきり言われまくりました。

 

とにかく少しでも早く逃げ出したい気持ちでいっぱいでした。わからない方々は、1972年生まれ前後で大学に進学を目指したことがある方々に聞いてみてください。とにかく一日でもいいから早く逃げ出したい気持ちでいっぱいだったからです。あとで聞いたのですが、全員様々な嫌がらせに遭っていたようです。

私が同じ中学で話したことがある中で本当に信じていたのは学内5位に入っていた方と中卒で就職した方と同じ塾に通っていたけれど学校内では内緒にしていた方だけでした。

 みんな、中卒で就職したこの子のことをバカにしていて、私たちが話してたのは寂しいからだと思っていたようです。本当に心が通じ合っていたと思います。私は「手に職をつけた者が勝ち」という価値観で育っていましたから。「ハンパな高校に行くより、店主に気に入られていろいろ教わったほうが勝ち組に決まっているじゃない。いつかあいつらを見返そうね」

 小中学校のときの方々はとにかく係わりたくない気持ちがいっぱいなので、お互いの消息は知りません。私を追い払いたいときは小学校・中学校の名前を出せば一発ですよ。地元で散々やられましたけれどね。お陰で神経ズタボロですよ。

 

サイトばれした後に散々暴れまくった挙げ句に本名・住所・自宅の電話番号を出してしまったからなんですけど。本名・住所・自宅の電話番号を出す羽目になった方々を当然、恨んでいますけれど。

 

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